毒の水に…
私が、まだローティーンで、
自分の「他者と少し違う」外見その他を、ひたすら忌み嫌い憎み恐怖し、人の目から隠れようとしか考えられなかった頃。
両親の離婚に際して、私は、父の実家で生きるか、(育てる自信はないからついてこないで、と言う)母について出て行くか、の選択肢を与えられ。
結局、父方の実家を出ることにした。
母に捨てられないため(と、子供心なりの必死に)いくらかの生活費を稼ごうとすると、
子供の頃からときおり(両親のそれぞれの仕事関係で)手伝わせてもらっていた、モデル業しかなく。
では、きちんと所属をして働こう、と。
母の友人でもある某事務所のオーディションを受けに行った。
社長は、とても変わった人で。
いくつか、私のなかに残る言葉をくれた人。
たとえば、
「変ということは、悪いことじゃない」
変だからこそ、ふつうに綺麗という人間じゃできない仕事をもらえる。
他の人より、記憶に残る。
おまえに来る仕事は、おまえにしか出来ないって仕事になるんだよ。
…そんなことを言う人。
自分は醜い、と思う私に向けて、「そんなことないよ」と言う人は居たけれど。それは、(もし心からの優しい言葉だったとしても)私の心には響かなくて。
「おまえはマイノリティだ」「孤独だ」と宣告するような社長の言葉は、かえって真っ直ぐ私のなかに入ってくれた。
たぶん、醜い外見を誰よりも承知して嫌っているうえで、私がこんな仕事をしてこれたのは、こんな人に育てられたせい。
もうひとつ、
「毒の水で生まれた魚には、きれいな水のほうが毒なんだよ」
これは、まだ視野が狭くて。
自分ばかりが不幸な世界に生きている、と思っては、
「なぜ他の人のようなふつうの家庭が私にはないんだろう」「私は、ふつうの生き方をしたい」と、考えていた。
そんな私に向けて、投げられた言葉。
…妙に納得した。
そして、これは、のちに「こんな家庭が本当にあるんだ!」と驚くような良い家に育つ友人の幾人かや、夫の実家などに触れるたび、実感する言葉。
息苦しい。
どうして私は、こういう環境に生れ落ちなかったのか。どんな努力を怠ったから、こんな温かさを失ったというのだろう。
感じては、息苦しくなる。
そして、そんなことを考えてしまう自分は、明らかに毒だから。
澄んだ水の住人である人たちの傍にいることが、怖くなる。
私が居たら、この水は濁ってしまうから。
だから私は、自分の水に帰らなきゃいけない。
体のこと。
私の病気は、簡単に表現すると、「自分の体を敵とみなして、自分で攻撃してしまう」もの。
まるで自分の心のままだと気づいたのは、去年あたりだったかな。
私は、自分こそを憎んで。しかし、大好きな祖母や友人たちが悲しむような「自殺」はしたくない。
病気なら仕方ない、と思ってもらえる死に方なら、一番いいな。
この病気は、たぶんその要望に完全に完璧に適している。
そうと気づいたとき、苦笑した。
なんて回りくどく、手のかかることを…。
けれど、今の私は、この病気を本気で乗り越えようと思うようになった。
自分でも、生きて、やり遂げたいと思う「夢」が出来たからね。
病気と心が一致したのは、偶然かもしれない。
心が何十年もずっと願っていれば、体が応じるのは、当然かもしれない。
答えは、もちろん出ないにしても。
体を治すことは、お医者さん方やカイロや整骨院の先生方なども含めた、プロフェッショナルに恃むとして。
心をきちんと治療に向けることは、自分がやらなければなあ、と思う。
体ばかり他人に預けて、心で反逆をしていては、治療しようと尽力してくださっている先生方に申し訳ない。
自分を愛することは、難しいけれど。
私が大好きな友人ら人々は、私が体を粗末にしたら、すごく嫌がるから。面倒だけど、しょうがない。ケアしとくか…
的なあたりからね(苦笑)
こうして言葉にしていくことも含めて、
少しずつ、自分の大事に仕方を努力していこうと思う。
ところで。
もうひとつ、先日気づいたこと。
自分を「敵」とみなして攻撃する私に、治療として提示されたのは、
もっと判りやすい「敵」を体に与えることで、自分への攻撃の軟化を図る…というようなもの。
つまり、大げさな言い方ですが、自分のなかに「毒」を入れること。
もし、これがうまくいくようであれば…
私は、本当に「毒の水でなければ生きられない」イキモノなのだなあ、と。
ちょっとこれは、笑うしかないよねえ。
「敵」がいないと、ダメ。
面倒なイキモノ。
(もちろん、お医者様は、リスクの計算など、ひじょうに慎重にして下さっています。
後遺症や副作用についても、よく考えてくださり、なるべく危険の少ないやり方を選択しています)
自分の「他者と少し違う」外見その他を、ひたすら忌み嫌い憎み恐怖し、人の目から隠れようとしか考えられなかった頃。
両親の離婚に際して、私は、父の実家で生きるか、(育てる自信はないからついてこないで、と言う)母について出て行くか、の選択肢を与えられ。
結局、父方の実家を出ることにした。
母に捨てられないため(と、子供心なりの必死に)いくらかの生活費を稼ごうとすると、
子供の頃からときおり(両親のそれぞれの仕事関係で)手伝わせてもらっていた、モデル業しかなく。
では、きちんと所属をして働こう、と。
母の友人でもある某事務所のオーディションを受けに行った。
社長は、とても変わった人で。
いくつか、私のなかに残る言葉をくれた人。
たとえば、
「変ということは、悪いことじゃない」
変だからこそ、ふつうに綺麗という人間じゃできない仕事をもらえる。
他の人より、記憶に残る。
おまえに来る仕事は、おまえにしか出来ないって仕事になるんだよ。
…そんなことを言う人。
自分は醜い、と思う私に向けて、「そんなことないよ」と言う人は居たけれど。それは、(もし心からの優しい言葉だったとしても)私の心には響かなくて。
「おまえはマイノリティだ」「孤独だ」と宣告するような社長の言葉は、かえって真っ直ぐ私のなかに入ってくれた。
たぶん、醜い外見を誰よりも承知して嫌っているうえで、私がこんな仕事をしてこれたのは、こんな人に育てられたせい。
もうひとつ、
「毒の水で生まれた魚には、きれいな水のほうが毒なんだよ」
これは、まだ視野が狭くて。
自分ばかりが不幸な世界に生きている、と思っては、
「なぜ他の人のようなふつうの家庭が私にはないんだろう」「私は、ふつうの生き方をしたい」と、考えていた。
そんな私に向けて、投げられた言葉。
…妙に納得した。
そして、これは、のちに「こんな家庭が本当にあるんだ!」と驚くような良い家に育つ友人の幾人かや、夫の実家などに触れるたび、実感する言葉。
息苦しい。
どうして私は、こういう環境に生れ落ちなかったのか。どんな努力を怠ったから、こんな温かさを失ったというのだろう。
感じては、息苦しくなる。
そして、そんなことを考えてしまう自分は、明らかに毒だから。
澄んだ水の住人である人たちの傍にいることが、怖くなる。
私が居たら、この水は濁ってしまうから。
だから私は、自分の水に帰らなきゃいけない。
体のこと。
私の病気は、簡単に表現すると、「自分の体を敵とみなして、自分で攻撃してしまう」もの。
まるで自分の心のままだと気づいたのは、去年あたりだったかな。
私は、自分こそを憎んで。しかし、大好きな祖母や友人たちが悲しむような「自殺」はしたくない。
病気なら仕方ない、と思ってもらえる死に方なら、一番いいな。
この病気は、たぶんその要望に完全に完璧に適している。
そうと気づいたとき、苦笑した。
なんて回りくどく、手のかかることを…。
けれど、今の私は、この病気を本気で乗り越えようと思うようになった。
自分でも、生きて、やり遂げたいと思う「夢」が出来たからね。
病気と心が一致したのは、偶然かもしれない。
心が何十年もずっと願っていれば、体が応じるのは、当然かもしれない。
答えは、もちろん出ないにしても。
体を治すことは、お医者さん方やカイロや整骨院の先生方なども含めた、プロフェッショナルに恃むとして。
心をきちんと治療に向けることは、自分がやらなければなあ、と思う。
体ばかり他人に預けて、心で反逆をしていては、治療しようと尽力してくださっている先生方に申し訳ない。
自分を愛することは、難しいけれど。
私が大好きな友人ら人々は、私が体を粗末にしたら、すごく嫌がるから。面倒だけど、しょうがない。ケアしとくか…
的なあたりからね(苦笑)
こうして言葉にしていくことも含めて、
少しずつ、自分の大事に仕方を努力していこうと思う。
ところで。
もうひとつ、先日気づいたこと。
自分を「敵」とみなして攻撃する私に、治療として提示されたのは、
もっと判りやすい「敵」を体に与えることで、自分への攻撃の軟化を図る…というようなもの。
つまり、大げさな言い方ですが、自分のなかに「毒」を入れること。
もし、これがうまくいくようであれば…
私は、本当に「毒の水でなければ生きられない」イキモノなのだなあ、と。
ちょっとこれは、笑うしかないよねえ。
「敵」がいないと、ダメ。
面倒なイキモノ。
(もちろん、お医者様は、リスクの計算など、ひじょうに慎重にして下さっています。
後遺症や副作用についても、よく考えてくださり、なるべく危険の少ないやり方を選択しています)


